深見友紀子 最高裁・パートナー婚解消訴訟 オフィシャルサイト

コラム Part 1

No.1 私が提訴した理由

 上告人と被上告人とは、同年(2001年)5月の連休に、一緒に京都旅行に行くことにしていたが、上告人がこれをキャンセルし、被上告人は1人で旅行に出かけた。同月2日、上告人は、京都旅行から東京に帰ってきた被上告人に対し、東京駅において、今後は今までのような関係を持つことはできない旨等を記載した手紙を手渡すとともに、他の女性と結婚する旨を告げ、被上告人との関係を解消した。(最高裁判決文より)

以下が手渡された手紙の全文です(甲8号証、原文は手書き)。

  • ○○ 相手の名前(自称している)
  • △△ 私たちの長女の名
  • ※※ 友人の名前
  • □□ 相手が運営している文庫の名称

 ボクのキライなスターバックスの前日だったか、前々日だったか、12時頃にかけた電話に男の声が出て切れた。その後、何度か、かけ直したが電話はつながらなかった。今までの深見には無かった事だ。必ず、「今、電話した?」とかかって来た。スターバックスだって、ボクがおこったって、今までは「あっ、そう」なんて冷たく帰ることはなかった。
 最近は来てくれと誘われる事も少ない。
 京都の電話も、「じゃあ、用事が済んだらすぐ来てよ」っておこるのが今まで。片道の自腹を切って、かけ付けると言っているのに、さらに全ておごりの条件を付ける事なんて今までになかった事。
 もっとも、キャンセルの一言で切れたけんか分かれのTelのときは、今までは何らかのフォローがしつこく来たじゃないか。
 これはボクの誤解かも知れないけど、もうボクに対する執着はあまり残ってないね。深見はぼくがうら切るようにしむけたとも考えられるが、あるいは、深見が仕掛けたワナに、知ってはまったのかもしれないのだが。
 誤解だと言ってしまえばそれまでだが、ただ、その誤解と、いくつかのグウ然が重なって、事が進んでしまった。
 今後は今までのような会ったり、電話をしたりするような関係は持てない。
 もう深見はボクを必要としないのじゃないかな。ボクから見ても、昔に比べ、まあ世間というものがワカって来たのだから、今後についてはさほど心配していない。
 ○○もクチていくばかりでナサけないと思っていただろうけど、まあ、出世はともかく、恋愛面での「生きる力」は残っていたのかと、喜んでもらえる事が、はたしてできるだろうか。
 たぶん深見は現象しか見ないから、○○も小者で俗物だったね、と思うだろうけど、それでもボクはしかたないよ。
 子供に関する事の、ボクからの相談は発生するかもしれないが、キョゼツするのは自由だ。
 深見が以前言っていた子供を海外につれ出すという事、そういう機会が発生したとしても、教育上賛成はするが、ボクはもうそうしたお金は出せないと思う。
 望むのなら、論文のテンサクはこれまでどうり行おうと思っている。ただしやりとりはFAXで。
 こちらが望むことはただひとつ。その都度の著作物、論文の、一点の献本をこれまでどおりお願いしたいが、ダメならばダメでそれもしかたない。
 それから、△△は△△の考えや気持ちを考慮し、ボクが判断する。成人になるまでは。
 深見はボクに対し、2人の子供と文庫を作る自由を与えてくれた。
 ボクはその他に何が必要だったと言うのだろうか。
 この事には大いに感謝している。
 だからこの2つはボクにとっての財産。大切にしたい。
 ボクは深見に対し、深見の求めに対し、よく通ったし、何よりも色々な面で今の位置まで何とか導いてきたと思う。
 ほかには何もしなかったけど、特に他の事は深見からは期待もされなかったように思う。
 最後の約束は、一度話したかもしれないが、ボクが亡くなった時には、深見、※※、その他若干の助手を使って、通夜の一晩中、グノシェンヌ1番、3番、4番を中心に生演奏する事。
 ギャラは、その時の世間の新入社員の一ヶ月分の給与程度を用意するので、それを演奏者全員で分ける事。
 この通夜の話の件は新しいパートナーにも話はして、理解してもらおうと思うが、くれぐれも回りの人々に配慮をする事。それが出来ないのなら、この話は無し。
 まあ、忘れてしまったら、それもしかたないけどね。

2001年5月2日

□□文庫
○○○○

深見友紀子へ


 当初、旅行は5月1日〜3日を予定していましたが、旅行の5日前ほど前に、より条件の良い4月30日〜5月2日に変更しました。
 東京駅に近い私の家から一緒に出かけることになっていたのに、4月29日の夜遅くになっても相手が私の家に来ないので電話をしたところ、日程を間違えていたことがわかりました。明日30日には来客があるので、夕方には新幹線に乗って京都に向かうと言いましたが、結局彼は来ませんでした。
 「ボクのキライなスターバックス」とは、4月15日に最初に京都旅行の打ち合わせをした場所です。
 「京都の電話」とは、4月29日夜の電話です。
 「グノシェンヌ」とは相手が好きなエリックサティの曲。
 来客とは新しいパートナー、すなわち3ヵ月後に相手と法律婚をした女性でした。
 相手は、4月30日の時点で、子どもがいることは新しいパートナーに伝えたが、何人いるのかということは話さなかったということでした。
 新しいパートナーから東京地裁に提出された書類を読んで、この4月30日に、彼女は友人と一緒に相手宅を訪ねる予定にしていたこと、急にその友人の都合が悪くなり、一人で来たということを知りました。

 たとえ16年間続いた関係であっても、子どもが存在していても、法的婚姻をせず、別居しているのならばその関係は「恋人関係」なのだから、何をしても責任は問われないという考え方はあるでしょうし、法的婚姻を否定してきたのだから、賠償請求などできないという考え方もあるでしょう。また、元来パートナー婚とはその解消が自由なものであると解釈している人もいるに違いがありません。
 しかし、私は、20代後半から40代半ばという人生で最も充実した時期を共に過ごしてきたのに、話し合いをする余地も一切与えず、一方的に手紙を渡して関係を解消した行為を許せなかったのです。
 突然、一方的に絶交を申し出されて16年の密接な交際が終わったら、どのような気持ちになるでしょう。
 法的に保護されているか、保護の埒外にあるかにだけ関心を向けるのではなく、誰にも起こり得る身近な問題として考えるべきです。
 そして、新聞各社がこの判決に注目したのは、法律婚と事実婚、事実婚とパートナー婚などの境界線が非常に曖昧になりつつある現状や、パートナー関係を結んでいる男女が急速に増えているという社会背景があるからだと思います。

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